deoxyrib-nucleic-acid’s diary

好きな人と母のおかげで自殺せずに済んでる病んだ高校生のつぶやき。

2017/03/08 08:00:36

高校卒業後の話が、あちらこちらで浮上。

いつまで大人が子どもを縛り付ける社会は続くのだろう。

 

学歴社会も、ほぼ風化してるようなもんだし。もう好きなように、自由に生きても良いのでは。?

 

失敗を恐れてるのは、大人の方では無いの?

 

たくさんの失敗を見てきた人生の先輩は、確かに安定した道を勧めるのかもしれないし、もしくは自分と同じ道を選ばせたり、人それぞれ、これから生きてゆく子どもに言いたいことは色々とあるのだろうけど。

 

何年、何十年先まで、見据えて生きていかなければいけないの?口では四十年後を語っていても、私はきっと、どこかで何かを辞めている。

 

大人が望むから選んだ進路に、縛り続けてもらう必要もない。

失敗したら、その時はその時。

 

きっとどうにかなるし、失敗することの方が、自分の人生には多いのだと気付いたので、きっと何をしても失敗する。

 

しかし、いつも全力なので、毎度の失敗に慣れることもない。いつも、かなしいし、どっと疲労におそわれる。

 

でもきっと、たくさん失敗していれば、きっと、後は楽だ。アラサーくらいでちょっと楽になってくる。そう信じて、いま、失敗と向き合っている。

 

大人は、失敗と向き合わなくていい人生を、提示してくる。

 

けれど、失敗と向き合わなくていい人生を選んでしまったら、もし今まで向き合って来なかったのに、急に失敗と、真っ向勝負せねばいけなくなったとき、きっと、私は負けてしまう。

 

ものすごく、打たれ弱い人間になってしまう。今だって充分、打たれ弱いのに、今以上になってしまう。

 

したいようにするってことが、どれだけ大変で、さみしいものなのか、大人は知らない。

 

一部の柵にとらわれて生きることが、どれだけ心地好いものなのか、私は知らない。

 

お互いに知らないところにきっと居るから、理解し合えないし、反発してしまう。

 

小、中、高、いつの頃も、学校にきちんとまる一年通えた年はなかったし、バイトを辞めざるを得ないことも続いた。

 

朝ごはんを食べる日を、続けることも出来なかった。何も、継続して積み重ねたものが無い。

 

しかし、この環境を作り上げたのも大人であることは否めないはず。私が一概に責められる話では無い、と、言いたい。

 

しかし、何かを継続するって、やっぱりそれくらい恵まれてるって事だとも思った。毎日、何も変わらない日常なんて、やっては来ない。毎日刺激と疲労でいっぱいいっぱい。

 

私は、高校を卒業したら、大学に入学したい。


今まで出来なかった、安定した「日常」を、勉強であったり、バイトであったり、朝ごはんであったり、きっと、どこかしらで得たいと思うから、一から新しい生活をスタートさせたいと願う。

 

この考えに理解者が居ないのは、それだけ私に、心から味方をしてくれる大人が居ないということだろうと思い、それはもう揺るがない。

 

考え方は一見、卑屈に見えるけど、これもまた事実であったりするから、仕方ない。